楽園(下)/宮部みゆき

2015/08/17 10:24
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先日上巻以降間があいてましたが、ブログに書くのが間があいただけで
実際にはすごい勢いで読み終わっていた。

上巻でも書いたけれどこの本はすでに以前読んでいて、結論は知っていた。知っていたのに止められなくて。いや知っていたからこそ各キャラクターの心情が本当に痛いくらい伝わって。
一つの事件において立場や状況が変わるとこうも受け止め方が変わるのかと痛切に伝わる描写。描いている作家は一人のはずなのにここまで各キャラクターによって気持ちを、信念を、描写を変えれるものかと心底感心する。特に被害者の妹の手記は本編とは文章力があまりにも違って本当に別な人が書いたように思えた。文才というものはこういうものか。

何度も書くが結論は知っていた。
知っていたにもかかわらず事件の真相があまりにも恐ろしくて3日間まともに眠れず
それほど恐ろしい真相であり、関わった人たちがあまりにも悲しくて。


この小説もそうだしドラマ化した「名もなき毒」もそうだけど、よく少年少女の犯罪や犯罪被害が出るたびに「まわりの大人が注意していれば」とか「周囲の人が気を配っていれば」という説を後からとくとくと唱える人が登場するが、宮部氏の小説を読んでいると"悪"というものは教育や環境にて後天的に作られるのではなくて最初から悪であるのではいかと思ってしまう。
この作品に出てくる茜という少女も、周囲の大人は誠実だったと思うし、正しい言葉を投げかけているシーンはあった。その子に合ったやりかたでなかったと言ってしまえばそれまでだけど、どんな誠心誠意の言葉も投げかけられる側の心がすでに曲がっていてたらもう受け取ってもらえない。教育や環境なんて本人に届かなければなんの意味もない…
それはあまりにもむなしいことではあるけれど…。


劇中の、土井崎夫妻のことを私は正しくもないが間違ってもいないとしか言えない。
事件の真相の時に、あれだけひねくれいてた茜が母親に甘えるシーンがあって、そのときなぜ茜を抱きしめてあげれなかったのかと悲しく思う一方で、このとき茜を抱きしめていたら誠子はたとえ途中までだとしても幸せをつかみこれほどきちんとした倫理観を持つ人生を歩めなかったであろうとも思う。
教育というものに答えはないし、子供の心は大人が思っている以上に複雑だ。

ただラストのラスト、少しだけ救いが合って本当に本当に感動した。
あの薄幸の前畑さんに、ほんの少しだけでも生きていく希望の光が見えますように…。


上巻の感想の時に『主人公は「模倣犯」のキャラクターだが模倣犯を読んでなくても不都合はない』と書いたけど、それはそうなんだけど、この楽園がおもしろすぎて模倣犯も読みたくなってきた(笑)



ここ最近麻雀にハマって麻雀麻雀言って、ほぼ毎日雀ゲーはしているのだが、この↑本を読んでいる間、麻雀の手を考える余裕が全くできず、

麻雀すらしないで本を読んでいた。

久々に色んなものを投げ出して夢中で読んでいた。


面白い本にかなうものなし。


私は麻雀愛より読みたい欲求なのだと自分で思い知る。
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思えばハワイでも読書している最中は自分がどこにいるのか完全に忘れてて、はっと気付くとワイキキビーチだった。
(そういやその時読んでたのも宮部だったなぁ)



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